誰が日本人を養っているのか?

1999.7.10

日本の人口約1億2千万は、世界の人口の50分の1ぐらいだということができる。それが世界中の水産物の10分の1ぐらいを食べてしてしまっているように推定できる。

というわけで、レスター・ブラウン風にいえば、誰が日本人を養っているのか、という問題があることがよくわかる。

いや、日本人は甲斐性があるから、稼いだ金で自分たちを養っているのだ、というのも確かにひとつの説明ではある。なるほど、われわれ一人ひとりは日々の仕事を精一杯こなして、給料をかせいで、食卓が貧しくならないよう努力している結果が、1人1日あたり200gに近い魚介類なのだ。

しかし、しかし、考えてみなければならない問題があるようなのだ。

村井吉敬が『エビと日本人』(岩波新書、1988年)で、エビという食材に焦点をあてて、この問題へのせまりかたを世に問うたのは約10年まえのことだった。そこに書かれていることをいくつか例示してみよう。1986年の時点で、日本のエビの国内漁獲量が約5万トンで輸入しているエビの総量は21万トン。世界全体のエビの漁獲量はおよそ200万トン前後だから、やはり世界中のエビの7分の1を日本人が食べてしまっている計算になる。

日本人は昔から、こんなにたくさんエビを食べていたのかな? 答えはもちろん、否。年間の1人あたり消費量(頭つき換算)は、1955年には約0.5kgだったのが、うなぎのぼりに上昇し1986年には約3.0kgになったのだ。もちろんこれは世界一の数字で、二位のアメリカを大きく引きはなしている。ちなみにアメリカの年間1人あたりのエビ消費量は、1.2kgである。

そして、世界のエビ輸出(頭なし換算)のおよそ75%が第三世界からであり、エビ輸入のおよそ90%が先進工業国によるものだ。このうち日本の輸入が、なんと3分の1以上を占めている。1986年の日本の輸入量21万トンの80%は、台湾、インド、インドネシア、中国、ベトナム、タイ、フィリピン、バングラディッシュなどのアジア地域からだ。

たとえばインドの場合、年間1人あたり平均消費量(頭なし換算)は186g(もちろん食べれない人のほうが圧倒的に多い)。『誰が中国を養うのか』と話題にされる中国も、ほぼ同じ185g。インドネシアは370g。日本の2,780gとくらべてみれば、エビで日本を養っているのは誰かは一目瞭然といわなければならない。

エビで日本を養うといっても、その仕組みは簡単ではない。村井吉敬さんたちエビ研究会がインドネシアの南スラウェシで調べた養殖エビの輸出までの過程の、その一端を引用しよう。

まず、稚エビを獲る人がいる。零細な漁民なり、その家族の副業労働のようなものである。稚エビ漁民が8時間で100尾のエビを獲ったとすると、1時間あたり報酬は 60円ほどである。インドネシアの賃金水準からすれば悪くはない。ただ、水に浸る重労働には違いない。稚エビは集買人の手を経て、あるいは直接に、池主に売られる。稚エビ漁民は多くの場合、伝統的なサバヒイの稚魚の漁民でもあり、両方を獲る。彼らはシーズン以外は零細な一般の漁師でもあり、養殖池の小作人でもある。船、漁具そしてカネで、彼らは集買人に従属している。集魚用の灯油ランプや衣服、食器などを買うときにも、いつも借金をし、そのカタに稚エビを獲っているようなものである。

…(中略)…

池主といっても、すでにみたように平均的池主の純収入は、小作人を使った場合、推定で年48万円ほど、使わなくても60万円でしかない。小規模池主50人位からエビを集買するサブ・コーディネーターがいる。彼らは自ら10〜20ヘクタールの池を所有する中規模池主であったり、村の有力者だったりする。そして、サブ・コーディネーターを10人ないし20人統括するのがコーディネーターである。コーディネーターは、たいていの場合、50ヘクタール以上の大池主であったり、もともと地元の大有力者だったりする。なかには、近郊の町の華人がこの役割を果たしていたりもする。

…(中略)…

この伝統社会の頂点に、エビという国際商品を通じて、外の資本(大都市と外国)が接合した。資本とテクノロジーと国際マーケットとが、外の資本の武器である。具体的には、氷、養殖稚エビ、人工飼料、漁具、化学肥料、前貸金などであり、これらはいずれもその日暮しの伝統漁民には手がでない資本財である。

そして、エビの養殖はマングローブ林を破壊し、生産過程はますます大きな資本と、高度のテクノロジーを必要とするようになる。エビにかぎったことではない。この視点で見てみれば、米以外のあるゆる食べ物についてといってもいい、程度の差こそいろいろあれ、誰が日本を養っているのか、という大問題がそこにある。

さて、『エビと日本人』出版から10年たった現時点で、事態はどうなっているだろう。

★注:『エビと日本人』のまえには、鶴見良行『バナナと日本人』(岩波新書)があった。バナナから日本と第三世界の関係がはっきり見えてくる画期的な仕事だった。鶴見良行さんには、他にも『マラッカ物語』(時事通信社)、『ナマコの眼』(筑摩書房)などの歴史民俗誌的な本があり、おすすめ。
マングローブ林については、これもまた鶴見良行さんの『マングローブの沼地で』(朝日新聞社)がおすすめ。