第10回 ジャーナリズムとは何か?──歴史に立ちあうことと歴史を生きること

唯物論研究会時代の戸坂潤ジャーナリズム・プロパーの発生は、ジャーナリズム自身の社会的分裂を意味するのであって、一体アカデミズムというものもその元来の本質は研究、教育、発表、其の他というジャーナリズム活動なのであるが、ジャーナリズムがジャーナリズム・プロパーに偏倚するに従って、アカデミズムが何か反ジャーナリスティックなものであるかのように、社会の表面に、ジャーナリズムの濁流に横たわる暗礁のようになって現れ始めるのである。

ジャーナリストという観念に就いても全く同様で、元来から云うと、一切の人間が、その人間的資格に於いてジャーナリストでなくてはならぬ。人間が社会的動物だということは、この意味に於いては、人間がジャーナリスト的存在だということである。

「28 ジャーナリスト論」『戸坂潤全集 第四巻』(勁草書房、1966)より
写真:唯物論研究会時代の戸坂潤
『戸坂潤全集 第二巻』(勁草書房、1966)口絵より


■軌道修正──目標:前期中に『苦海浄土』まではなんとか

前期の「環境ジャーナリズム」は、「授業概要」をみると、まずは「ジョン・ハーシー『ヒロシマ』──原爆をめぐるジャーナリズム 1」というふうになっていて、そのあと「原爆をめぐるジャーナリズム」がずっと続いて、「リチャード・ローズ『原爆から水爆へ』」で、一応「原爆をめぐるジャーナリズム」の実例みたいなものが終わる、という予定だったことが分かります。続いて「ジャーナリズムとは何か──科学と事実」から、その次の「ジャーナリズムとは何か──事実と虚構」というふうに進むことになっていました。さらにその後は「ジャーナリズムとは何か──主張と宣伝」、それから8回目が「ジャーナリストとは誰か」。その次は「専門家と素人」。その次がまた「ジャーナリストとは誰か」で、「イプセンの『民衆の敵』をめぐって」というふうに予定をされていましたが、今日がなんと10回目ですね。本来ならば、10回目と11回目というのは「足尾鉱毒事件をめぐるジャーナリズム」をやるはずでした。荒畑寒村の『谷中村滅亡史』から立松和平の『毒』までを扱うという予定でした。それからさらにその後には石牟礼道子の『苦海浄土』を読む。これが2回あって一番最後に宇井純の『公害原論』を読む。これも2回ある予定でしたが、今日は10回目で、もうこれは消化できないということが明々白々です。

で、前回、石牟礼道子の『苦海浄土』をやるよ、と言ったよね。手に入れて読んできたという人いる? ちょっと手上げてくれる?(あまり手が挙がらない)……というわけで、なかなか手に入らないんだね。ということもあるでしょうと、思いました。多分本屋さんに行ってもね、ひょっとすると、すぐには入手出来ないかも知れません。ただし、この本は買って読んだほうがいいよ、高い本ではないのでね。講談社文庫から出ている本で本体524円。これ手に入れたほうがいい。今日はそこまでいきませんが、手に入れて読んでおいて下さい。

■環境社会学科の授業公開ページで補おう

ということはですね、石牟礼道子さんの『苦海浄土』までは何とか前期のうちにカバーはしたいということだね。今日のクラスと、あと3回あるはずです。7月に3回やるわけですね。この3回のうちの2回分ぐらいは『苦海浄土』をめぐって、つまり「水俣をめぐるジャーナリズム」について話をしたいと思ってます。さて、じゃあそれ以外はどうするか。予定では、足尾鉱毒事件をやらなければいけなかったんですが、出来ません。で、これはあんまりぱっとしませんが去年の環境ジャーナリズムで少しはやっています。それは、京都精華大学のホームページがあるでしょ、そのホームページの中に環境社会学科のページがありまして、その中に公開授業があって、去年の「環境ジャーナリズム」もそこに載っています。それは目を通しておいて下さい。

それから、宇井純さんの『公害原論』という本がありますが、本のもとになった「自主講座」が実際にあったんです。それについても前期中にはできません。ただし、これは環境社会学科のホームページ(の昨年の「環境ジャーナリズム」)には載ってないのでね。後期になったら、何らかの形でカバーをしたいと思っています。

■「ジャーナリズムとは何か? ジャーナリストとは誰なのか?」という愚直な問いを共有するために、中尾ハジメはなにを努力したのか

それで今日は何をするか。本当は全部で5回分をかけてね、「ジャーナリズムとは何か」あるいは「ジャーナリストとは誰か」というような問題をいろいろ論じるはずでしたが、それが結局2回しか出来てないですね。1回目は「事実と科学」、そういうのをやったよね。それからその次は「事実と虚構」というのをやりましたね。だけどよくよく考えてみるとですね、あんまりよく出来てないなと反省をしております。今日それをもう少し補いたいなと思います。「ジャーナリズムとは何か」ということを「原爆をめぐるジャーナリズム」の実例を皆さんに見てもらいながら、少しはつかんでもらえたかなと思っていますが、どうでしょうか。普通、「ジャーナリズムとは何か」というような、そういう問いかけというか、問い方を、われわれはしませんね。例えば「政治家とは誰か」という問いかけもしないと思うし、「学校の教師とは誰か」という問いかけもしない。大体すでに存在していて、今さら「中尾ハジメは大学の教師だ」とか何とか言ったって意味が無いと皆さんお考えでしょうが、だけど例えばね、自分自身に向かって、あるいは友達とかに実は密かに、皆さんはよくこういう問いかけをしてるんだと思うんですけどね──「私とは何か」ってね。しかし、それがまた、「自分探し」というのが出来あっがちゃってですね、何か「自分探し」っていうものがあるかのごとく、みんなが「自分探し、自分探し」って言いあって、お前何してんのって言ったら「自分探ししてる」とかいうふうになっちゃう。しかし、仮に、いささかそういう軽薄な言葉が使われていてもね、皆さんの中にはその軽薄な使い方とは別に、「私とはいったい何か」という問いがある。

実はそれと同じようにね、「ジャーナリズムとは何か」という問いがあってもおかしくはないのです。ただ、学校のような環境で──大学は本当は「学校」じゃないんですけど──「ジャーナリズムとは何か」っていう問いが出されたら、「かくかくしかじかのことをジャーナリズムと言います」というふうに答えがぱっとでることを期待されていると皆さんは考えざるを得ないだろう。そういうふうに考えると、たちまち「ジャーナリズムとは新聞を指します」とか「雑誌を指します」あるいは「テレビのニュース番組を指す」というふうに言いたくなっちゃうよね。

そこでそうならずにいて欲しいんです。これまでいろいろ皆さんに読んできてもらった「原爆とジャーナリズム」、それは僕が「何がジャーナリズムか」ということをいささか押し付けたいう感じになってますが、皆さんにとってはいかがでしたでしょうか? たぶん、先ほどの「ジャーナリズムとは何か」という問いを、皆さんがみたことに当てはめようとすると、どういうふうにジャーナリズムの輪郭を区切ったらいいのか、何かわかりにくい感じがしていることだと思います。例えば井伏鱒二が書いた『黒い雨』。この場合だと、中尾ハジメは「原爆をめぐるジャーナリズム」の例として、小説もジャーナリズムに入る、という主張をしているのですね。そこで、こういうふうに考えて欲しい。今言ったみたいな接近の仕方というのは……。学校のテストで回答しやすいような答えを求めるという接近の方法で、「ジャーナリズム……」を答えようとすると、自分たちがみた実例は、あまりに範囲が広いし、とらえどころがない感じがして、とても答えられない、というところに行きついてしまう。それで私は、そうじゃない方法もあるよ、ということを皆さんに見せようと思ってたんだけど、うまく見せられたかどうかは良くわかりません。

それはどういう努力かと言うと──社会の中でジャーナリズムがある働きをしている、その「働き」ということでとらえたら、「ああ、今まで何気なく見ていたけれど、こういう『働き』をするものはジャーナリズムなんだな」というふうに、皆さん自身でもう一回とらえることが出来るんではないだろうかと思ってたわけなのです。

それからもう一つは、その働きの中で何が重要な基準になってるか、こうしたら「ちゃんと働いてるんだ」というその「こうしたら」を計るものさし──「基準」があるとおもいます。その「ものさし」というのは授業の中でも何回か使ってきましたけれども、その重要な「ものさし」をとらえれば「ああ、ジャーナリズムというものがちゃんと働いてる」と──同語反復する答えはよくないかもしれませんが──「働いている」ということが分かって、そのことによって、ジャーナリズムという言葉はこんなことを指してるんだな、というふうに分かってもらえるんじゃないだろうかと思いました。が、いかがでしょう。駄目かな? 駄目だっていう人は正直手を上げてください。駄目なの? どうして駄目なのか言ってくれる? 分からない? じゃあ、もちょっと時間かけないといけないね。少数ではあったけれども、これでは駄目だという人がいました。

■「想像力の力を借りる」ということは、「うそっぱちを言う」ということではない

それで今日は、前回のつづきを少しだけやりたいと思います。「事実と虚構」という対照関係の中で「ジャーナリズムとはいったい何だろうか」と考えてみようとしたのですが、どうやら後で振りかえって皆さんがテープおこししてくれたのを見ると、次のようなことしか言ってないんだよね。

「想像力の力を借りて……──これは『広辞苑』の定義でありました。つまり文学作品文学とは何か、芸術とは何かっていうことなんですが──想像力の力を借りて内界外界を表現する」という「文学」の定義があったんですよね。「想像力」というものはある意味で言うと……。皆さんが「虚構」という言葉を使うときに、「想像されたものは虚構である」というふうに考えてたことがあるでしょ? あるよね? ない? どっちやねん! ないのかあ。つまり、自分が実際に体験してないことを、いろいろ思い浮かべるのを「想像力」といいます。そういう意味でいうと、ひょっとすると皆さんの中には「私はノンフィクションライターになりたい」とか、あるいは「ノンフィクションライターというのは、こういうことをしている人たちだ」というふうに考えたときに、「ノンフィクションライター」というのは想像でものを書いているのではないよ、と思うでしょうね。

いわば──言葉は非常に難しいんですが──「事実」というのは客観的にとらえられることであって、客観というのは想像力の担当ではない。センチメートルを測る「物差し」であるとか「ストップウォッチ」だとか、その他様ざまな、いわゆる科学的道具を使ってとらえられるのが「事実」だというふうに思うでしょうね。もしかしたら、みなさんそう思わないかもしれないけれども、そう思う人のことを想像をしてください。そうすると「ノンフィクション」というのはそういうふうにして書くものになる。だけど、よくよく考えてみたらそんなふうにして書けるわけがない。どうしても想像の力を借りてしか書けない、としか言えません。そうすると、われわれが普段あんまり考えずに使ってる「フィクション」と「ノンフィクション」のちがいは……。なにか丸ごと扱ったわけではなくて、そのごくごく一部、つまり文章を書こうと思ったから印刷をして本として出す場合でもいいし、あるいはテレビで誰かがしゃべるための台詞を書く台本を書くということでも構わないんですが、そのためにはどうしても想像力を使わないと出来ないよ、ということを言っていたに過ぎないんだね。

これでは、「虚構」あるいは「ノンフィクション」、……「虚構」と「虚構でないもの」──それを「事実」というふうに一応言葉として対照させていたつもりだったんだけれども──その対照関係は明らかになっていなかった。わかった? だからちょっとそこを今日は補います。

それで、もう一回振り出しにもどってね、「虚構」。それは書かれたもの。虚構というものをカタカナで言うと「フィクション」。その「フィクション」と「そうでないもの」、つまり「ノンフィクション」は、どこが違うんだろうか、ということは、いちいち議論するものでもないようにも思うんですけども、少し考えておきたいと思います。

■『壁』は、架空の物語である。……それで、何か不都合がありますか?

『壁』ジョン・ハーシーで続けたいのですが、例えばジョン・ハーシーには『壁』という作品があります。日本語版は上下2巻組(北川正夫、佐藤亮一訳)で出ておりますが、改造社、昭和25年ですね。もとは The Wallという本で、1950年に出ています。……(日本語版を見ながら)あ、すごいな。ちょうど昭和25年ですね。出てすぐに翻訳したんですね。ハーシーの書いた本のリストがあるよね。そのリストでThe Wallがいつ書かれたか確認してください。さて、次のように訳者が書いています。ちょっと読みます。

彼は今度の戦争の末期(一九四四−四五)に解放後のポーランド、エストニヤ等を視察したが……

「視察」という言葉が適切かどうかはちょっと考えもんですが、とにかくポーランド、エストニアに行ったんだね。

その際ワルソーや……

「ワルソー」とは「ワルシャワ」のことですね。

ロッズのユダヤ人収容地区……

これはみなさんが知っているとおり、ゲットーと呼ばれていますね。

(ゲットー)を見、そこでユダヤ人に対する言語に絶するナチスの暴虐ぶりを発見した。……

まあ、あんまりこだわらないで読み進みましょうか。

このとき彼はこのゲットーでユダヤ人がうけた民族的悲劇を一つの歴史的な記録として描き出したいというはげしい意欲を感じたわけだが、その意欲がそのままこの作品となって現れたわけである。……

「ユダヤ人の悲劇を歴史的な記録と描き出したいという意欲を感じた」。ハーシーは「意欲」を持ってしまったそうです。そして「その意欲がこの作品になって現れた」。続けて読みます。

しかしハーシーはこの歴史的事実を、ひとつの正確な史実(記録)として、ここに描き出したのではない。……

ヘンだなと思わない? 一つの歴史的な記録として描き出したいという激しい意欲を感じた。それがこの作品『壁』になって表れてくる。その次の文章は、「一つの正確な史実(記録)としてここに描きだしたのではない」と来るんですよ(笑い)。

これはそのような史実を土台として、築き上げた一つの小説(フィクション)であり、作者の精密で雄大なイマジネーションの産物である。この意味で、この作品は、この作者のものとしては、特異なそして恐らくは最初の大胆な試みであっただろうと考えられる。

そういうふうに書かれてある。みなさんは、こんなことが書かれてあっても屁とも思わないだろうし、いまわざわざ僕が矛盾であるかのように言ったけれども、もうそんなことも屁ともないよね。……と思うんじゃないかな。しかし「やっぱり私はこの文章に面食らった」という人はいませんか? そういう人は「困っている」ということを、ぜひノートにメモをしといてもらいたい。で、ついでにハーシー自身がその『壁』という作品の巻頭にかかげている言葉をちょっと読みます。

これはフィクションの作品である。広く言えば、それは歴史を取扱っているが、細部においては作られた話である。……

「広く言えば、それは歴史を取り扱っているが、細部においては作られた話である」──どういうことでしょうね? で、続けて、

その“記録文書”は架空のものである。その登場人物は、実際に前例──たとえばユーデンラートの会長の職のごとき──のある仕事をもっている人々の場合ですら、声明、要望、性格、生活ともに全く空想の産物である。

というのは、実は、『壁』という本は、ある人がひそかに書き綴ったものが戦争後の廃墟のなかから発掘される。その記録文書が、そのままこの作品の全編を通じて発表される、という構成になっています。

「記録文書」というのは、まあ日記のようなものですね。要するに、ハーシーが書いたこの本が全部「記録文書」だということですね。難しいかな? つまり「○○の日記」という小説だと思ったらいいのです。つまりその「記録文書」をでっちあげたわけだね。もう一回読みますね。

これはフィクションの作品である。広く言えば、それは歴史を取り扱っているが、細部においては作られた話である。その“記録文書”は架空のものである。その登場人物は、実際に前例──例えばユーデンラートの会長の職のごとき──のある仕事をもっている人々の場合ですら、姓名、容貌、性格、生活ともに空想の産物である。

というふうに、この作品のまえにジョン・ハーシーが書いている。さあここから何がひきだせるのか。

■『アントニエッタ──愛の響き』も架空の物語である。……やはり、何か不都合がありますか?

『アントニエッタ、愛の響き』それからまた、彼の別の作品があります。『アントニエッタ、愛の響き』(北代美和子訳、白水社、1993)という日本語になった本。「アントニエッタ」というのは女性の名前だね。白水社から出ています。そして、『アントニエッタ、愛の響き』をジョン・ハーシーが書いたのはいつであったか。1991年かな。だいぶあとになって書いたのかね。『壁』を書いてからだいぶたっていますね。1991年。……41年間。この作品には、こういう断り書きを書いています。

本書を読まれる音楽家や研究家諸兄におかれては……

というのは、アントニエッタは、バイオリンなんですね。実在のストラディヴァリの作ったものだったと思いますが、続けますね。

本書を読まれる音楽家や研究家諸兄におかれては、本書が小説であることを必ずや看破されるであろう。というのも、諸兄はこのなかにあまりにもたくさんの「真実ではないこと」を発見されるだろうから──だがそれはフィクションの味をひきたてる胡椒の実であり、……

これは奇妙ですね。いったい何を言っているんでしょうか?

それが日々のできごとのメニューには載っていない可能性への食欲と嗜好を、読者のなかにかき立ててくれるであろうことを小説家は望む。本書はその楽しみのために書かれた。そして私はこう信じる。正確な記録についての知識を有され、それを尊重している諸兄もまた寛大な心をもって、本書をその楽しみのために読むことができるのに気づかれるであろう、と。

何だこれは(笑い)。おかしいね。「これはフィクションだ」って最初に言ってるんですよ。フィクションだと言っておいて、「真実でないことをたくさんいれました。それは、そもそもフィクションの味を引き立てるコショウのようなものだ」……一体どういうことになってしまったのだろう? 

……というようなことがあります。

■そしてこの世の中には、「S.F.」などという厄介な代物まであるのだ

『もっとスペースを!』ほかにもジョン・ハーシーはいろいろ書いているのは、みなさんが知っている通りですが……。ちょっと話が難しくなりそうだけどね、頭をやわらかくして聞いててね。『もっとスペースを!』(安田均訳、早川書房、1980)という作品があります。英語の原題はMy Petition for More Spaceだったかな。これはですね、(訳者による紹介によれば)「才人作家の異色S.F.」なんだそうです。S.F.というのはサイエンス・フィクションのことだね。サイエンスは科学で、フィクションは……、「フィクション」だよ(笑い)。これにはなにが書いてあるかというと、人口がふえちゃってね、住むところがなくなった……という社会で人々はどうやって生きてるか、どうやって政治が行われるかということを書いているんです。

■どんなに表現媒体が形を変えても、一貫しているものがある

『歩くには遠すぎる』それからもうひとつはですね、1966年に原著はかかれておりますが、Too Far to Walkだね。そのままの訳で、『歩くには遠すぎる』(加島祥造訳、二見書房、1968)というふうになっておりますが、これはなにかというとね、皆さんのような人が主人公になんです。朝、友達が「歴史の授業にいこうよ」といってくるんです。そうするとね、その授業をやっている建物がね、遠いから行きたくない(笑い)。その「遠い」っていうのも、精華大学で言ったら、一乗寺辺りに住んでいて遠いというわけじゃなくて、大学のキャンパスの寮にいるのに遠い、とか言っているんですよ(笑い)。(黎明館にいて)「春秋館まで行くのめんどくさい」という話ですね(笑い)。[編者注:精華大学を知らない人のために付記しますと、「春秋館」というのは、精華大学のキャンパスの中でも奥の方にある建物で、奥の方にあるだけでなく、山寺に行くように長い階段を上らなければならない建物のことです]

……という状況が書いてあるのです。そんなテーマで、よくこんなに長く書けるな、と思うでしょうけれど、解説を読むとね、

『歩くには遠すぎる』は現代の学生の心に内在する喪失感や虚無感を題材にしている。ファウスト伝説に仮託し、主人公が魂を悪魔に渡すことで、本当に生き生きした感覚(break through『突抜け』と訳してある)を得ようとする。そして若い者の当面する各種の問題や風俗が現れるが、それはここに述べるまででもないであろう。……

当たり前だよね。本文のなかにかいてあるんですもんね。

この作品の原題『歩くには遠すぎる』は主人公の大学生の虚脱感を現わす題名である……。

さて、それでこれもやっぱり「フィクション」なんだよね。ところでですね、その同じ解説文のなかに加島祥造さんはこんなことも書いています。

このようにハーシーは一貫して時事的な問題を掴まえているが、しかし彼はそれを安易に小説化してはいない。ある場合には徹底的に調査し、(たとえば『壁』)、時には非常に構成上の苦心をはらう。……

例としてはね、The Child Buyerというのがあったね、『子供を買う人』。これは公聴会を舞台にしてる。小説そのものが全部公聴会なんですね。公聴会っていうのは、どっかの議会みたいなところがあって、そこへ調査をした人が「こういう問題がありました」と報告する。その公聴会での風景がずっと描かれているというのが、工夫だとかね。……というふうに書かれています。

そして彼が時事的課題を取り上げる態度の底には作家的使命感がある。それは苛烈な課題に面した現代人がいかに生き残るべきか、いかに生きる意志を失わずに進むべきか、を示そうとするものであり、彼が作品の芸術的完成において足りないところがあるにしても、彼の一貫した真面目な態度と努力は高く評価してよいであろう。

えらい評価してますが。この人が言うように、「一貫して時事的な問題を掴まえている」というのは、皆さんが読んだように『ヒロシマ』、あるいはその前から従軍記者として仕事をしてたときから、ずっと一貫してるというんだね。さあ、そうすると、ハーシー自身が「フィクション」という言葉を使っています。もちろん「ノンフィクション」という言葉と、「フィクション」という言葉は、ハーシーのなかでは対照的に存在するんだね。にもかかわらず、ハーシーは、今の解説文をそのまま真に受ければ──真に受けていいと思うんですけど──「フィクション」をしようが、「ノンフィクション」を書こうが、実は同じことを追求してる、というふうに読むことができます。これがひとつの見方だね。

■「ジャーナリズムは読者に歴史を目撃させてくれる。フィクションは読者に歴史を生きる機会を与える」

さあ、ところがですね、困ったことにハーシーさんは、有名な言葉を残しています。しかし、どこでそれを言ったのか、あるいはどこにそのことを書いたのか、僕はまだつきとめておりません。みなさんはひょっとしたら、つきとめられるかもしれないけれども。とにかく、ハーシーの有名な言葉というのがある(『壁』の「訳者のことば」から読みあげる)。

“ジャーナリズムは読者に歴史を目撃させてくれる。フィクションは読者に……”

これは誤訳ですな。「歴史を生かす機会を与える」──これは誤訳。「歴史を生きるチャンスを与える」が正しい。誤訳って言ったのは、僕が今読んでいる資料に「生かす」っていうふうに書いてあったからなんですが、「生かす」んじゃなくて、これはね、原文はね“to live it”。これ「生きる」だよね。ただこの前の文章に「歴史を目撃する」──witness the history──って言葉があるので、“the history”は “it”になってるかもしれない。

「歴史を生きる」。「フィクションは読者に歴史を生きるチャンスを与える」。不思議な言葉だね。「ジャーナリズムは読者に歴史を目撃させてくれる」。そのときこういうふうに言うジョン・ハーシーは明かに「ジャーナリズム」と「フィクション」を対照させています。だから、ハーシーの頭の中では、『ヒロシマ』はジャーナリズムだけど、『アダモの鐘』はフィクション、『壁』もフィクションと、そういう分け方をしている。

しかし、繰り返し出てくるのは……。さっきの解説を書いてた人は「時事問題」っていう言い方をしました。しかし、ハーシーは「歴史」だね。『ヒロシマ』は「歴史」なんだ。ジャーナリズムを通じて、われわれは歴史を目撃するんだそうです。だからヒロシマを目撃したり、ナガサキを目撃したりするんだね。

さて、それと対照的にフィクションというものがある。「フィクションは歴史を生きるチャンスをくれる」。…どういう意味でしょう?(笑い) よくわかりませんが、なんか意味がありそうだね。そこをまあ、考えていただきたい。

さて、それで「虚構」と「虚構でないもの」の対照っていうのははっきりしたかな。あんまりはっきりしていないようにも思います。が、考えるときに何を手がかりにして考えたらいいかってことは、少しは見えてきた?

■「ジャーナリズムとは何か」について、戸坂潤の考え

さて、いま配った資料は……。戸坂潤という人がいます。…いました。戦争が終わる前に、刑務所の中で死んでしまいますが、戸坂潤という人がいました。その人が1930年代に書いた文章です。まわったかな? 全部、まわりましたか。まわったらもう一種類、同じ戸坂潤が書いたものをまわします。その戸坂潤の書いたものを、彼が死んだあと、これはさらにだいぶ時間が経ってますが、1966年に勁草書房が全集にしたんですね。その全集の第4巻、これは1966年、読めるよね? 後から配ったほうはちょっと読みにくいかもしれませんが、同じく『戸坂潤全集』の第3巻。出版社は、勁草書房というところから出ています。『戸坂潤全集』の第3巻、発行されたのは1966年ですが、もう一つの方の第4巻からの抜粋と同じようにですね、ここに書かれている文章は1930年代に書かれているものです。

繰り返していいますが、「ジャーナリズムとは何か」とか、「ジャーナリストとは誰か」という問題について、こういうふうに考えたらどうだろうかというサンプルを今僕はしゃべったし、戸坂潤も、こういうふうに考えたらどうかということを言ってる。それは、たぶん、みなさんが今まで思っていたジャーナリズム像とは、違うかもしれません。どっちの考え方のほうがいいか、ということを、みなさんはまた考えなければならないということです。

それでね、まず「第4巻」とかいてあるほうの「28 ジャーナリスト論」というのをちょっと見てください。この辺が大変面白いんですが…。面白いって言ったら変だな。書き出しを見てください。

この間或る同人雑誌の短評欄に、私のことを批評して、「ジャーナリズムか金儲けか」云々と云ったようなことが書いてあった。つまり私があまり方々に手を拡げ過ぎて中心が手薄になるだろうという忠告めいたものなのだが、ここで別にそれに就いて答えようとは思わぬ。併し何より気になるのは、ジャーナリズムか金儲けか、という対句の与える妙な印象なのである。例えばジャーナリズムで有名になる気かそれとも金持ちになる気か、というのなら判るが、ジャーナリズムか金儲けかでは、天候か雨降りかというようなもので、どうもトンチンカンであることを免れない。

「天候」っていう概念は、晴れてても「天候」だし、雨が降ってても「天候」なんだよね。というわけで、「ジャーナリズムか金儲けか」というのは、金儲けをするとジャーナリズムじゃなくなるとか、ジャーナリズムだと金儲けにならないということは、それは言えないはずだよ、ということですね。しかし、そこで終わらないのがおもしろい。

併し考えて見ると、多分ここでジャーナリズムというのは、雑誌や新聞で名前を売り出すという個人の行為又は態度のことであるらしい。なる程それならば金儲けという個人の行為と丁度格好な対になるのである。と、そういう風にこの言葉を善意に合理化して解釈した上で、さて又、気になるのはその場合のジャーナリズムという言葉のもっている意味の無さである。新聞や雑誌で有名になる個人的行為がわがジャーナリズムだというのは、何と妙な観念ではあるまいか。

これは我々もよく振り返って考えてみるといいね。ジャーナリストという言葉をどういう人たちに対して使っているか、新聞や雑誌で文章を書いて有名になってる人について、ジャーナリストという言葉を使ってるんじゃないか(笑い)というんだよね。

処が案外ジャーナリズムのこういう観念が通俗的に通用しているようにさえ思われる節がある。ジャーナリストという存在を軽蔑する人にとっては、紙の上で名を売って生活するために、クダラない書かなくてもよいものをゴタゴタ書いている人間がジャーナリストというものであるらしく、又名声だけあって専門的な学問のない者がジャーナリストだといういう風にも思われているらしい。これも亦私個人の例だが、或る人が私に向かって昔のアカデミシャンとしての貴下は尊重するというような意味の手紙を呉れたことがあるが、ジャーナリスティックになったことが即ち私の学的活動の堕落なのだという仮定が、そこに横たわっているのである。……

その後はちょっと省略します。次の段落でね、

……ジャーナリズムのこの種の観念は、ジャーナリズムを科学的に論じようとする時でさえ、ひそかに頭を擡げて来る場合が少なくはないようだ。……

というふうに書かれています。さあ、その後はね、みなさん後でゆっくりお読みください。それで、ゆっくり読んでもらったことにして、ずっと間をとばしてしまいますが、『全集』の155ページ。

だがこういうと疑問になるのは、それでは一切のものがジャーナリズムになって、ジャーナリズムであるものとないものとの区別はどこかへ行ってしまうではないかということだ。……

なんか、だんだんこの授業に近づいてきたね(笑い)。その次、

併し一切の文化現象がその本質の一隅に於てジャーナリスティックだということが、名により一等大切な点なのである。その上で、初めて或る特定のものが、特にジャーナリズム・プロパーとなる場合が考えられねばならぬ。なぜ現在ジャーナリズム・プロパーとそうでないものとの区別が生じたかと云えば、それは取りも直さず一定の社会機構の必然性によって、ジャーナリズムそのものが各種の歪曲を受けた結果なので、資本主義の極度の発達は今日のブルジョア・ジャーナリズム現象をして文化の独自の価値自身とは独立に発達させて了ったのであり、例えば文学は純粋な超ジャーナリズム的なものと完全な商業資本化されたジャーナリズムのものとに分裂するのであり、……

なんか難しくなってきましたね。難しくなってきましたが、そういうようなことを彼は考えた。で、今の僕らはですね、「資本主義」と書いてあるだけでつまずいてしまって、文学が……。つまり商業資本化されたジャーナリズムと純粋な超ジャーナリズムというものが資本主義ゆえにできたかどうか、ちょっとよくわかりません、考えられない。これも大変なテーマだと思うけれども、考えにくいように思います。しかし、ここで戸坂潤は、「文学」というもの──例えば『広辞苑』的定義でかまわないと思うんですが──「文学」というものがあるが、超ジャーナリズム的なもの──つまりジャーナリズムを超えちゃってるものと──、それと商業主義的ジャーナリズムに分裂しているというふうに言っております。あんまりそのことにこだわらずにですね、とにかくこれを読んでくださいね。

それからそれのついでにね、面白いのがある。「ディレッタント論」。これは、みなさんに配ろうと全然思っていなかった部分ですが、「25 ディレッタント論」。そこにね、こういう、ある種の分類方法を彼が考えてる。あるいは世間がそういうふうに分類している、ということが書かれています。「職業人に対立するものを世間ではアマチュアと呼んでいる」。これが一つ。「それから」っていうのは「そこから」っていう意味ですね。

そこから私は密かに、専門家に対立する者をジャーナリストと呼ぶことにしている。現在ジャーナリストという言葉には随分いろいろの任意の意味が含められているが、ジャーナリズムの本質の歴史的展開を大体において追跡してみると、……

僕らは、あんまり長い時間の幅はなかったけれども、原爆についてのジャーナリズムはちょと追跡したよね。

ジャーナリズムをそういう風に考えるのが、一等生きた考え方だと思うからである。

つまり専門家と対立するものをジャーナリズムと呼んだらええんじゃないかと戸坂潤は言っています。それから第3巻のほうをちょと見てくれる。「アカデミーとジャーナリズム」。つまり、さっき彼が言ったことをさらに押し広げて書いている。「専門家」という言葉の代わりに「アカデミー」というのを入れるといいんだっとね。

ジャーナリズムは近来、ジャーナリズム自身によって、屡々取り扱われたテーマである。今更吾々は之を取り上げて蒸し返す理由はないかのように見える。……

ところがですね、少しも片付いた問題ではないんだ、と。

ジャーナリズムが今日の出版資本の勢力の必然的な表現となっている限り、この資本が蚕食的であるだけ、それだけジャーナリズムも亦蚕食的であらねばならない。だからジャーナリズムという問題は、ジャーナリズム自身だけにとっての、ジャーナリズム内部に於てだけの、問題に限られ得ない筈である。……

というふうに言っていますが、この文章は難解かもしれませんが、ゆっくり読んでもらうと、「アカデミーとジャーナリズム」は、専門的な学問の人たちがジャーナリズムに価値がないと言うことに彼は反論して、学問とジャーナリズムは違うものだから、そのようには比べられないということを言っている文章だと思います。こんなことが書かれている。これらは今の我々の課題「ジャーナリズムは何か」につながる。それから、当然その細かい問題としての「事実と虚構」とか、あるいは「事実と科学」というような対照関係の問題を考えてください。

■この授業で扱ったものに、「ジャーナリズム」でないものがあっただろうか?

それで、ちょと知っていた例から、いろいろ考えてみよう。僕らが知っていた例の中に、新聞がありましたね。しかし、広島に爆弾が落ちたということをめぐって、これらの新聞は今は扱わない。例えばジョン・ハーシーは『ヒロシマ』を書きました。そのもとになっていたものは、ひとつは谷本牧師が書いた英文の何か記録のようなものだね。それからハーシーが実際に会って話を聴いた人が何人かいる。つまりその人たちの話というのがあった。まずこれを考える。

つまりハーシーという人はいた。で、ハーシーという人がしたことを、我々は「ジャーナリズム」というふうに呼んでいる。いいよね? 間違いないよね? 蜂谷という人もいましたね。蜂谷さんの書いたものは『ヒロシマ日記』というタイトルがついて後になって出版されます。では蜂谷さんの職業は何ですか。お医者さんですね。ジョン・ハーシーの職業は何ですか。これはジャーナリストって言ってもいいよね。それから『重松日記』というものがあって、出版されるのはずいぶん後の話ですが、彼が原稿用紙に書いた「重松日記」なるものが重松さんの家のどこかにしまわれていた。で、そういう文章を書くときに彼はもちろん何回も書き直しをしたようですが、書き始めには子供たちがこれを読んでくれるようにということを書いて、そこから書き始めたんだね。そういうものがある。その「重松日記」があって──それはいわば一重鍵括弧の「重松日記」だね──さらに井伏鱒二の『黒い雨』っていうのがあるんですね。『黒い雨』っていうのは一重鍵括弧の「重松日記」をいろいろと利用しながら、もとづいてといううか、あるいはそれを様々な形に作り直しながらできたものだね。それから、何を見たかな。そんなもんか。

仮にその四つの事例だとして、話を進めますが、重松さんって職業はなんですか? 井伏さんって職業はなんですか? 「小説家」といっても誰も否定しないね。そうするともし僕らが今言ったものを「ジャーナリズム」としてとらえるとしたら、どうして僕たちはそれらを「ジャーナリズム」としてとらえたのかということを、もう一回確認したいと思います。

広島で起こった「出来事」「体験」、これを私は「事実」と言ってますが、この「出来事」「体験」を僕らが読むことができたのはどうしてか? それは「ジャーナリズム」があったからですね。しかしよくよく考えてみれば「ちょと待ってくださいな」と言う人がいるかもしれません。「井伏鱒二のこれはフィクションです」と言うかもしれない。「フィクション」かもしれないけども、「フィクション」と呼ぼうがなんと呼ぼうが、例えば僕が『黒い雨』を読むことによって広島の体験、広島の人間が体験したこと、出来事がわかったんだよね。こういうのどうしますか? ということがあります。

で、『重松日記』が出たのが一昨年くらい。そうすると、そのときに、われわれが「ジャーナリズム」っていうふうに呼んでいるものは職業としてのジャーナリストが書いたとは限らないということは明々白々です。これが一つ。その職業としてのジャーナリストじゃない人を含めて、今は「ジャーナリズムを担った人」を全部「ジャーナリスト」だと呼ぶことに仮にします。そうすると井伏鱒二ももちろん「ジャーナリスト」で、ジョン・ハーシーも「ジャーナリスト」で、蜂谷先生も「ジャーナリスト」で、重松さんも「ジャーナリスト」、みんな「ジャーナリスト」になっちゃう。

さらにその「ジャーナリズム」に共通しているものは何だ。ということを考える。そうすると、その共通しているものというのは、実は授業の中で繰り返しって言っていた「ものさし」、「こういう“ものさし”とか、ああいう“ものさし”」とか言っていたことではないのか? この「ものさし」はあいまいかもしれないね。これについてはいろいろ考えなければならないかもしれません。しかし、そうすると、そんなふうに仮に「ジャーナリズム」を我々が輪郭を描いたり、あるいは中心にある大切なものは何かということで、それらを判断の基準にして、「これはジャーナリズムだ」というふうにする。で、その時にハーシーさんが言っているジャーナリズムとピッタリ重なるだろうか。ここは大変僕は難しいと思います。ハーシーは、自分のした仕事を二つに分けてとらえている。ひとつはジャーナリズムだ。彼がジャーナリズムというのが非常にはっきり分かるのは……。『ヒロシマ』は「ジャーナリズム」、『壁』は「フィクション」というふうに言っている。そうすると、さっき僕らがした接近の仕方は、このハーシーの分類とは必ずしも一致しないということが分かるね。

授業日: 2002年6月25日; テープ担当学生:中村安希、中村有里、野田朋香、野村哲也